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名古屋高等裁判所 平成6年(う)183号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、名古屋高等検察庁検察官検事田子忠雄提出の名古屋地方検察庁豊橋支部検察官検事會田宣明名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人服部卓名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決は、検察官が、被告人に対する平成六年四月六日付け起訴状に、脅迫罪の公訴事実として、「被告人は、かねてから恨みを抱いていたH1、H2夫婦らを脅迫しようと企て、平成六年一月二三日ころ、愛知県豊川市内の豊川郵便局ポストからH1、H2及び長女H3宛に脅迫文言を記載した文書を同県北設楽郡東栄町内のH1方に郵送し、同月二五日ころ、これをH1、H2に受領させ、もって同人らの生命、身体、財産などに危害を加うべきことを通告して同人らを脅迫した」旨記載した際に、「前略」という文言を除いたほかは、証拠物として取調べ請求した手紙一通に記載された文言と全く同一の文言を用いて、脅迫文言を記載したことについて、「その文言は、婉曲暗示的なものではなく、要約することによっても容易に罪となるべき事実を特定することができるものであることが認められる。しかるに、刑事訴訟法二五六条六項は、裁判官に事件につき予断を生ぜしめるおそれのある書類の内容を引用することを禁止しているところ、本件起訴状は、裁判官に対し、同起訴状記載の内容の文書が存在していることを強く印象づけるものであり、予断排除の原則に反して裁判官に事件につき予断を生ぜしめるおそれのある書類の内容を引用した違法なものといわざるを得ない」から、本件公訴提起の手続はその規定に違反したため無効であるとして、刑訴法三三八条四号により公訴を棄却しているが、原判決には同法二五六条六項の解釈、適用を誤った違法があり、不法に公訴を棄却したことが明らかである、というのである。

所論にかんがみ、記録及び証拠物を調査して検討する。

本件起訴状の公訴事実の要旨が前記のとおりであること、同公訴事実中に、被告人が H1ら宛に郵送した文書の脅迫文言として、「前略」という部分を除いたほかは、検察官が原審において証拠物として取調べ請求した手紙一通に記載された文言の全文と全く同一の文言が用いられている(ただし、算用数字部分を漢数字に、横書きを縦書きに、各体裁を改めている)ことは認められるが、本件においては、文書の記載内容それ自体が脅迫罪の構成要件に該当する要素である上、その文言も、直截的に H1らの生命、身体、財産などに危害を加えることを通告したものではなく、被告人と H1らとの間の本件に至るまでの刑事及び民事の各事件などの背景事情を前提とし、文書の記載内容の全体を判読、理解することによって、被告人からの複数の法益に対する危害の通告である趣旨が鮮明になるという意味において、婉曲暗示的類いのものである。

したがって、検察官が、公訴事実中に、「前略」という部分を除いたほかは、原審において証拠物として取調べ請求した手紙一通に記載された文言の全文と全く同一の文言を用いて、脅迫文言を記載したのも、刑訴法二五六条三項に従って、犯罪の方法に関する部分をできる限り具体的に特定しようとしたことによるものであって、本件脅迫の訴因を明示するための方法として不当なものとは認められず、文書を郵送して受領させた旨の記載と併せ、裁判官に対し、起訴状記載の内容の文書が存在していることを事実上強く印象づけることがあるとしても、これをもって同条六項にいう裁判官に事件について予断を生ぜしめるおそれのある書類の内容を引用したものというには当たらない。

原判決は、刑訴法二五六条六項の解釈、適用を誤り、不法に公訴を棄却したものというべきである。

よって、本件控訴は、その理由があるから、刑訴法三九七条一項、三七八条二号により原判決を破棄し、同法三九八条により本件を原裁判所である名古屋地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本光雄 裁判官 志田洋 裁判官 石山容示)

起 訴 状

一、被告人〈省略〉

二、公訴事実

被告人は、かねてから恨みを抱いていたH1、H2夫婦らを脅迫しようと企て、平成六年一月二三日ころ、愛知県豊川市諏訪一丁目五七番地所在の豊川郵便局ポストからH1、H2、及び長女H3あての「昭和四三年にNと言う家の財産に対し自らの欲のために三二〇万と言う民事裁判を起し二〇〇万円(当時の金で)支払いさせた男、H1の行為は他人の長年守って来た人達又家に対しての悪業でしかない。しかもH3はその金をもって生業し雲隠れして悪業の限りをして来た。H1及ビ(H2、H3)の家は永遠に東栄町の○○に存在する必要もないし(他人の財産をネラウ者の家は)必ず○○の地から消える事になる(悪業ばかりして来た者)他人をゴマかして来たさんざん迷惑かけ。H1及ビH3達が自らの家を自ら滅していく事を考えた事があるのか。要領ばかり使い他人の財産まで横取し他人を苦しめて来た者の家はこの地上にのこす必要はない。電話をかえようが何をしようが関係ない。自分達のして来た事の罪はH3自身が(H2も)先祖から家とともに背負い○○の地から悪業えの責任として消えていく。他人の財産(田、畑、山)に対して民事を起しデタラメな金額を請求した事。尚かつ金を奪い取った行為そして尚二五年の年月に渡りNと家に対し(しかも女一人)苦しめた行為は決して許さない。金を奪う行為よりも先祖からの財産に対して民事請求した事はH3の先祖の畑、山林をもって同様に○○から消えてもらう。他人の財産をネラウ者が無事に自らの家を残す必要はない。H1の行為はH2及ビH3の行為でもある。必ず責任はとってもらう。」と記載した文書を同県北設楽郡東栄町〈番地略〉のH1方に郵送し、同月二五日ころ、これをH1、H2に受領させ、もって同人らの生命、身体、財産などに危害を加うべきことを通告して同人らを脅迫したものである。

三、罪名及び罰条

脅 迫 刑法第二二二条第一項

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